『白雪姫』のリンゴの意味は、愛のリンゴですね。
ただ、白雪姫は毒が入っているので、死のリンゴも入ってきて難解になりますが、もっと分かりやすい話に「リンゴを取りに行かせるお姫様」の話があります。
一見、まったく違う話ですが、2つの話を比較しつつ、進めていきます。
お姫様とリンゴが出てくる話は、結婚へと導かれるストーリーなので、恋愛に関するヒントが隠されているはずです。
「白雪姫」と「リンゴを要求するお姫様の話」

リンゴ探しの旅に行かせるお姫様の話
お姫様がリンゴを要求する話は、男性にリンゴ探しの旅へ行かせます。
単にリンゴをねだる話や、重病の治すにはリンゴしかないというので、リンゴを取りに行かせる話があります。
病気にしても、お姫様はリンゴへの欲望が生まれているわけですが、その欲望は、結婚へと導くことになるので、たいへん重要な欲望です。
結論を言うと、この欲望が白雪姫には、「ない」ということです。
白雪姫のリンゴは、結婚相手の男性に取りに行かせるわけではなく、母親が持ってくるんですね。
お姫様がリンゴを要求する話
お姫さまが、リンゴを要求する話は、多少形を変えてけっこう存在しています。
グリム童話で言えば『怪鳥グライフ』、『白いヘビ』、『こわいものなしの王子』。
アラビアンナイトの『空飛ぶじゅうたん』。
ギリシア神話のヘラクレスの11番目の仕事など。
微妙な違いはありますし、ヘラクレスの話は結婚とは違いますが、似ている話になります。
日本昔話にも、リンゴではありませんが、「なら梨とり」という話型があります。
ただ、この話は、病になるのが、お姫様ではなく、「母親」になります。この辺は、文化の差ですね。
アールネ=トムソンの「昔話の型」にもAT610、 「Fruit to Cure the Princess」として、「お姫様が果実で病気を治す話」として分類されています。
白雪姫の毒リンゴの意味

白雪姫は、リンゴで倒れてしまうので、「愛のリンゴ」とは、異なるようにも見えますが、最後は王子と結婚しますし、リンゴだけ見れば「結婚に導くリンゴ」です。
問題は、リンゴの中の毒ですね。
結論から言えば、この毒は、ほかのリンゴの物語との違いを補完するようなものになります。
この毒の意味が異性的な意味を含んでいることは間違いありません。
根拠は、昔話のバランス(コンステレーション)のようなもので、全体が、女性だけに傾く事がないように昔話はできているんですね。
つまり、白雪姫は異常なほど男性的な色合いが薄いということです。
眠れる森の美女との関わり
この毒は「眠れる森の美女」の「つむ」のようなものとも受け取れます。
「白雪姫」と「眠れる森の美女」は、どちらも眠るところを見ても、類似性の高い作品だと知られています。
民話を見てみると、2つの中間のような話も多いです。
こちらの話は、トゲとガラスの棺が登場します。
▶ 【あらすじ】奴隷娘【感想・解釈あり】バジーレ:ペンタメローネ
そして、じっさい「白雪姫」の口伝え段階の民話では、毒リンゴがそれほど多くはありません。
くわしくは、こちらの記事に一覧表で示しています。
▶ 【白雪姫民話シリーズ(リンゴ編)】民話の女王も毒リンゴで殺したのか?【美を高める道具】
眠れる森の美女は、予言で糸車のつむに刺されて、100年の眠りにつくことになります。
このつむのひと突きで、100年の眠りにつくので、とても象徴性の高い出来事として、研究家が様々な解釈をしています。
なかでも、つむの有名な解釈は、
- 思春期における肉体的な変化(初潮)
- 異性との衝撃的な出来事(性交ほか)
- 内なる異性の衝動
などになります。やはり異性的な意味が強くなってきます。
前の2つは想像できると思うので、三番目の「内なる異性の衝動」ですが、これは「女性の心の中の男性的な傾向」を意味します。
例えば、「どうして女性は社会的立場が低いのか?」という意見が心の内から沸き起こってくるようなことですね。あるいは、ルールに異常に厳しくなった冷たい顔をした女性などは、ほとんど自分の中の女性は眠っているのかもしれません。つまり、「意見を言う」とか「ルールを守る」とかという内なる男性的な性質にとらわれてしまうんですね。僕などは、「こんなことが死に値するの?」「毒を意味するの?」と思ってしましますが、無意識的には大きなことのようですね。もちろん、なんの抵抗もなく受け入れる人もいるのでしょうが…。
とにかく、本人にとっては、眠りにつくほどの衝撃的なもののようですね。
「白雪姫」や「眠れる森の美女」のような一定期間、眠らざるを得ない女性の話には、このような衝撃的な体験が、つきものになりますね。
お姫様がリンゴを要求する話の基本的な構造
白雪姫の話と、お姫様がリンゴを要求する話、2つの話を重ね合わせて比較するとけっこう見えてくるものがあります。
お姫様の方が、異性との関係では積極的で、どちらかというと正常な女性が歩む道という感じがします。
病気のケースでは、こんな話の流れになります。
- 王女が重い病気を患う
- 国じゅうの医者でも治せない
- 病を治す果実がある
- 果実をもってきた者には、娘を嫁にやると王様がおふれを出す
- 若者が果実探しの旅に出る
- どこにあるのか分からない
- 援助者に教えてもらう
- 果実ゲット
- お姫さまと結婚!
というのが基本的な話の流れです。
すべてが、この通りではないですが、だいたいはこんな感じです。
こう見ると、「男性の旅」が入ってくるので、英雄物語に近い話にもなっていますね。
これが、「白雪姫」にはないんです。
お姫様話はリンゴは、英雄の目標物で、「病気のお姫様の救出」がテーマにあります。少し男性目線が入っています。
この視点は、リンゴの基本的な意味のこちらの記事、リンゴはやたら真っぷたつにされて、王様の支配力の「対象」としても描かれています。
▶ 【昔話】リンゴの象徴的な意味【愛の起源アンドロギュノス】
白雪姫を比較する
白雪姫とリンゴを要求するお姫様の話の比較
リンゴをねだるお姫様の話 | 白雪姫 | |
---|---|---|
結婚相手 | 一般男性(三兄弟の末っ子) | 王子 |
親との関係 | 母親不在 | 父親不在 |
リンゴを知る時 | お姫様の心の疼き | 母親が持ってくる |
リンゴを得る方法 | 男性が旅に出て、苦労して獲得してくる | 母親が渡しに来る |
リンゴを手にする時 | 結婚式 | 小人の家 |
リンゴの毒 | なし | あり |
リンゴを食べた後 | ハッピーエンド | 倒れる |
いろいろな項目を挙げてみたのですが、もっとも重要な違いは、「親との関係」「リンゴを知る時」「リンゴを得る方法」だと思います。
お姫様は、病になるにしろ、その克服のため、自らリンゴを欲して、結婚相手の男性に取りに行かせるのに対して、白雪姫は母親が持ってきます。
白雪姫は、自分でリンゴに気づけないということでしょう。
理由で考えられるのは、
- 若すぎる
- 父性の乏しい
- 悪い母性
などでしょう。
反対に、お姫様の話では、王様は出てくるのですが、母親が出てこない印象です。
お姫様の話は、父親はお触れを出すほどの王様ですし、母親の存在感はありませんが、継母のような悪い母親像にとりつかれてた人ではありませんね。
この比較は難解ですが、娘の恋愛に、ある意味母性は邪魔をしに来るようなところはあります。
とにかく、正常な家庭ならば、内なるリンゴのうずきに気がつくものだと思います。そして、その内なるリンゴへの欲望は、男性を旅に出させて結婚となるわけですね。
白雪姫とギリシア神話、大地母神ガイヤのリンゴとの比較

白雪姫と同じように、母親がリンゴを持ってくる話は、ギリシア神話にもあります。
こちらの母親は、大地と同一視される母親です。
このリンゴは、母神ガイヤの持ち物でもあり、世界の果てにあるヘスペリデスのリンゴです。
母ガイヤは、このリンゴを子供であるゼウスとヘラの結婚式に祝福のしるしとして贈ることになります。
ここでも、リンゴと結婚が関係しています。
母から子へ、結婚祝いとしてリンゴが贈られます。
これは、白雪姫と同じく母から子へと贈られます。
ですが、
一方は祝福、一方は悪意。
一方は結婚、一方は殺害。
と、まったくの対極ですね。
何がこうも違いを生むのか?
この2つの話を重ね合わせると、大きな違いは、毒とお婿さんです。
白雪姫の方には、お婿さんがいなくて、ギリシア神話は、中心的な男性神のゼウスがいます。
毒は、異性の意味合いがあると言いましたが、やはり男性的なものかと思います。女性の生い立ちの中で男性的、父性的なものが足りないと白雪姫のような物語を歩むことになるということでしょう。
白雪姫のリンゴの象徴的な意味

白雪姫は、男性と出会っていない極端なケースと言えそうです。
正確に言えば、心の中に男性的・父性的な性質がない人です。
男性性というのは、現実の世界では、模範的な行動、規範の体現といった感じですかね。
内なる異性のいない女性は、リンゴが欲しいという心のうずきは生まれないので、男性を行動させることができません。
そのかわりになるのは、白雪姫のように、母親から押しつけられたリンゴを口にして、死ぬ思いをしなければ、王子様は現れないということでしょうか。
白雪姫と、リンゴを要求するお姫様との違いは、母親との距離感。
どれだけ自立しているかどうか、白雪姫は、母親と一体化しすぎて、リンゴによって体内に毒を入れるほどの刺激を与えなければ、結婚相手とは出会えないという物語ということですね。
▶ なお、リンゴ自体の象徴的な意味は、こちら【昔話】リンゴの象徴的な意味【愛の起源アンドロギュノス】